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生き別れになった父からの遺言

わたしはもう物心つく前から、実の父とずっと疎遠でした。
何をするにもお母さんと一緒でしたし、お母さんがいればいいやと思っていたので、父がいなくて寂しい、と思った記憶もありませんでした。
少しでも父の記憶があれば「お父さんがほしい」という気持ちも湧いたのかもしれませんが、わたしにとって親というのは母一人。
父親などいなくても実際に生きてくることはできましたし、十分生活できたので、一生会わなくてもいいやと思っていたのです。
わたしは高校生になるまで、どこかで生きているはずの実の父について、母に訊くことはありませんでした。
大学生になってからは、色々な関係上訊かざるを得ないこともあったので、何度か訊ねたのですが、質問の内容は「父はどこにいるのか」「生きているのか」といったものではなく、「どういう素性の人だったのか」ということについて。
とにかく、興味もありませんでしたし、「どういう性格の人だったか」ということについても、知ろうともしなかったのです。
しかし、ある時、わたしは父が死んだことを知り、遺言を受け取ることとなりました。
なぜ差出人が父で、受け取る相手がわたしなのか。
最初は理解に苦しみました。
わたしは母を捨てた父のことを悪い人だと思っていましたし、既に他の家族がいるものと思っていたからです。
しかし、わたしは遺言の内容を見て父がいかに善人だったかということを知ることとなりました。
そう、その内容は、「銀行の預金をすべて娘(わたし)」に与えたいというものであり、「育てられなくてすまなかった」という謝罪と「会いたかった」という後悔の念が延々と綴られていたのです。
わたしは10ページも続くその遺言を読みながら、気がつくと泣いていました。
父の気持ちを知ろうとも、わかろうともしなかった。
今までの自分を後悔したのです。
それからわかったのは、父と母はどうしても離婚したくて離婚したというわけではないこと、本当は仲が良かったこと、どうしても別れなければならない理由があって別れたことなどでした。
今では、父の命日には必ず父の墓参りをするようになっています。
遺言がなかったら、こういった習慣もなかっただろうなと思います。

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